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食物繊維は何から摂取するのがベスト?

 普段の食事に食物繊維が不足している人は、摂取源が何であろうと食物繊維の摂取量を増やすことで腸への良い影響が期待できることが、米デューク大学のLawrence David氏らの研究で示された。この研究結果は、「Microbiome」7月29日号に発表された。 食物繊維は便通を良くする栄養素として広く知られている。その一方で、食物繊維は腸内細菌叢の構成にも大きな影響を及ぼしている。腸内では細菌が食物繊維を分解する際、大腸の細胞の主な栄養源となる短鎖脂肪酸が産生される。短鎖脂肪酸は、代謝や免疫防御といった重要な機能の調節にも関わっていることが示されている。しかし、数ある食物繊維のサプリメント(以下、サプリ)の中で、腸内細菌に対する作用が他よりも優れているものがあるのかどうかについては明らかになっていなかった。 そこでDavid氏らは今回、現在広く使用されている3種類の粉末タイプの食物繊維サプリが腸内細菌叢に与える影響について調べた。研究に使用したのは、1)イヌリン(チコリの根から抽出される食物繊維)、2)小麦由来のデキストリン(Benefiberの商品名で販売されているサプリ)、3)ガラクトオリゴ糖(Bimunoの商品名で販売されているサプリ)の3種類だった。1日当たりの用量は、イヌリンと小麦デキストリンが9g、ガラクトオリゴ糖が3.6gであった。研究参加者である28人の健康な成人には、これらの3種類のサプリをそれぞれ1週間ずつ摂取してもらった。あるサプリを1週間摂取してから別のサプリの摂取を開始する前には、1週間の間隔が設けられた。 その結果、研究参加者の腸内細菌叢に対する影響に関して、3種類のサプリの中で他の2種類よりも優れていることを示したものはなかった。いずれのサプリも、短鎖脂肪酸の一種である酪酸の産生量を増加させていた。酪酸は、腸壁のバリヤー機能を高めて病原体の侵入を防いだり、炎症抑制に重要な働きを担うとされている。ただし、サプリの種類による結果の違いはなくとも、サプリを摂取する人による違いは認められた。サプリによる酪酸の産生量増加が確認されたのは、普段の食事で食物繊維の豊富な食品をほとんど食べていない研究参加者のみであった。 この結果についてDavid氏は、「普段から食物繊維を多く摂取していた参加者では、どのサプリを摂取しても腸内細菌叢の変化があまり見られなかった。これはおそらく、これらの参加者ではすでに腸内細菌叢の最適なバランスが保たれていたためだろう。これに対して、食物繊維の摂取量が最も少なかった参加者では、摂取したサプリの種類に関わりなく、サプリの摂取による酪酸の産生量の増加が最も大きかった」と述べている。 なお、専門家らは、1日当たり女性で25g、男性で38gの食物繊維の摂取を推奨している。しかし、平均的な米国成人の食物繊維の摂取量はその30%程度であり、ほとんどの米国人で食物繊維の摂取量が不足していることを研究グループは指摘している。 この研究には関与していない専門家の一人で、栄養と食事のアカデミー(米国栄養士会)のスポークスパーソンを務めるNancy Farrell Allen氏は、「食物繊維を摂取するのであれば、サプリよりも食品からの摂取が望ましい」と指摘。その理由として、植物性の食品には食物繊維だけでなく、ビタミンやミネラル、さらに健康に有益なファイトケミカルが含まれていることを挙げている。 この点については研究グループの一員で同大学のJeffrey Letourneau氏も同意見で、「天然の未加工食品には、サプリでは補えない真の有益性がある」としている。しかし、食物繊維の重要性や食物繊維が不足した米国人の食事を考慮すれば、「摂取源にこだわらずに、できる限り多くの食物繊維を摂取することが望ましい」との見解を示している。

2.

食物繊維なら何でも同じというわけではない

 食物繊維の摂取によって満腹感が長く続いたり、いくつかの疾患のリスクが抑制される可能性が示唆されており、食物繊維は体に良い栄養成分として推奨されることが多い。ただし、食物繊維といってもその種類は数多くあり、それらが全て同じように機能するわけではないことを示す研究結果が、「Cell Host & Microbe」に4月27日掲載された。論文の上席著者である米スタンフォード大学のMichael Snyder氏は、「食物繊維は種類によって機能性が大きく異なり、信じられないほど不均一だ。仮に『食物繊維は全て同じ』と言うのであれば、それは『動物は全て同じ』と主張するようなものだ」と語っている。 Snyder氏らは、一般的に摂取されている食物繊維サプリメントに着目し、それらがコレステロールと血糖値などにどのような影響を及ぼすかを検討した。同氏によると、多くの人が食物繊維摂取推奨量を満たしておらず、サプリで補っているが、それが健康の維持・増進に役に立っているのかどうかは、はっきりしていないという。 検討されたのは、オオバコの種皮の殻などに含まれるアラビノキシランと、バナナやアスパラガス、玉ねぎなどに含まれるイヌリン、およびアラビノキシランとイヌリンを含めた5種類の食物繊維の混合物から成るサプリ。18人の健康な成人を対象とするクロスオーバー法で行われた。 研究参加者を無作為に、アラビノキシランまたはイヌリンのサプリを摂取する2群に分け、それぞれのサプリを最初の1週間は1日10g、翌週は20g、3週目は30g摂取してもらった。その後、6~8週間のウォッシュアウト期間をおいて、最初に割り付けられたサプリとは別のサプリを同じように摂取してもらった。最後に、両群ともに5種類の食物繊維混合サプリを摂取してもらった。研究期間中、研究参加者は食事内容を記録するとともに、血液、尿、便のサンプルを採取された。 解析の結果、高用量のアラビノキシランを摂取する条件では、多くの参加者のLDL(悪玉)-コレステロールの低下と胆汁酸の増加が確認された。このことから、コレステロール低下のメカニズムは、従来から言われていたような、アラビノキシランがコレステロールに結合してその排泄を促すのではなく、胆汁酸の合成促進によることが明らかになった。一方、血糖値への影響は認められなかった。また、一部の参加者では、アラビノキシラン摂取後にLDL-コレステロールがわずかしか低下しなかった。この違いには、タンパク質摂取量の違いが関与している可能性があるとのことだ。 一方、イヌリンは大半の人にとってコレステロールを下げるようには機能せず、むしろ炎症が引き起こされたり、高用量を摂取した場合には、肝臓のダメージを表すマーカーが上昇した。また、アラビノキシランと同様に、血糖値への影響は認められなかった。ただしSnyder氏によると、「アラビノキシランに反応しなかった人もいて、そのうちの1人はイヌリン摂取によってコレステロールが低下した。また、高用量のイヌリン摂取により炎症反応が軽減した人もいた」という。 Snyder氏は、「食物繊維サプリ摂取後の反応が参加者によって異なることが明らかになった点も、本研究からの重要な発見である。ある人には有効なサプリが、他の人にも同じように働くとは言えない」と話す。同氏らは現在もアラビノキシランやイヌリン、その他の食物繊維サプリの研究を続けている。「いずれは、それぞれの人に合ったサプリを予測できるようになるだろう。しかしわれわれはまだそこに到達していない」としている。 本研究には関与していない、米シュミット心臓研究所で高血圧の研究を主導しているNatalie Bello氏は、「栄養成分と腸内細菌叢の関連についての研究は、まだ緒についたばかりだ」と述べる。例えば、「食物繊維の摂取は血圧の低下と関連しているが、全ての人に高食物繊維の食事が適しているわけではない」として、未解明の点が多く残されている現状を解説。その上で、「定期的な運動、十分な睡眠、血圧と血糖値、血清脂質のコントロールとともに実践する健康的な食生活は、心臓の健康を改善するための主体を成す。DASH食、ベジタリアン食、地中海食などは、そのような健康的な食生活の代表と言える」と付け加えている。

3.

オリーブ橋小脳萎縮症〔OPCA: olivopontocerebellar atrophy〕

1 疾患概要■ 概念・定義オリーブ橋小脳萎縮症(olivopontocerebellar atrophy:OPCA)は、1900年にDejerine とThomasにより初めて記載された神経変性疾患である。本症は神経病理学的には小脳皮質、延髄オリーブ核、橋核の系統的な変性を主体とし、臨床的には小脳失調症状に加えて、種々の程度に自律神経症状、錐体外路症状、錐体路徴候を伴う。現在では線条体黒質変性症(striatonigral degeneration:SND)、Shy-Drager症候群とともに多系統萎縮症(multiple system atrophy:MSA)に包括されている。多系統萎縮症として1つの疾患単位にまとめられた根拠は、神経病理学的にこれらの3疾患に共通してα-シヌクレイン(α-synuclein)陽性のグリア細胞質内封入体(glial cytoplasmic inclusion:GCI)が認められるからである。なお、MSAという概念は1969年にGrahamとOppenheimerにより1例のShy-Drager症候群患者の詳細な臨床病理学的報告に際して提唱されたものである。OPCA、SND、Shy-Drager症候群のそれぞれの原著、さらにMSAという疾患概念が成立するまでの歴史的な経緯については、高橋の総説に詳しく紹介されている1)。その後、2回(1998年、2008年)のコンセンサス会議を経て、現在、MSAは小脳失調症状を主体とするMSA-C(MSA with predominant cerebellar ataxia)とパーキンソン症状を主体とするMSA-P(MSA with predominant parkinsonism)に大別される2)。MSA-Cか、MSA-Pかの判断は、患者の評価時点での主症状を基になされている。したがって従来OPCAと診断された症例は、現行のMSA診断基準によれば、その大半がMSA-Cとみなされる。この点を踏まえて、本稿ではMSA-CをOPCAと同義語として扱う。■ 疫学欧米ではMSA-PがMSA-Cより多いが(スペインでは例外的にMSA-Cが多い3))、わが国ではこの比率は逆転しており、MSA-Cが多い3-6)。このことは神経病理学的にも裏付けられており、英国人MSA患者では被殻、淡蒼球の病変の頻度が日本人MSA患者より有意に高い一方で、橋の病変の頻度は日本人MSA患者で有意に高いことが知られている7)。特定医療費(指定難病)受給者証の所持者数で見ると平成30年度末にはMSA患者は全国で11,406人であるが、この中には重症度基準を満たさない軽症者は含まれていない。そのうち約2/3はMSA-Cと見積もられる。■ 病因いまだ十分には解明されていない。α-シヌクレイン陽性GCIの存在からMSAはパーキンソン病やレビー小体型認知症と共にα-シヌクレイノパチーと総称される。神経症状が見られないpreclinical MSAというべき時期にも黒質、被殻、橋底部、小脳には多数のGCIの存在が確認されている(神経細胞脱落はほぼ黒質、被殻に限局)8)。このことはGCIが神経細胞脱落に先行して起こる変化であり、MSAの病因・発症に深く関与していることを推察するものと思われる。MSAはほとんどが孤発性であるが、ごくまれに家系内に複数の発症者(同胞発症)が見られることがある。このようなMSA多発家系の大規模ゲノム解析からCOQ2遺伝子の機能障害性変異がMSAの発症に関連することが報告されている9)。COQ2はミトコンドリア電子伝達系において電子の運搬に関わるコエンザイムQ10の合成に関わる酵素である。このことから一部のMSAの発症の要因として、ミトコンドリアにおけるATP合成の低下、活性酸素種の除去能低下が関与する可能性が推察されている。また、Mitsuiらは、MSA患者ではGaucher病の原因遺伝子であるGBA遺伝子の病因変異を有する頻度が健常対照者に比べて有意に高いことを報告している10)。このことは日本人患者のみならず、ヨーロッパ、北米の患者でも実証されており、これら3つのサンプルシリーズのメタ解析ではプールオッズ比2.44(95%信頼区間:1.14-5.21)であった。しかも変異保因者頻度はMSA-C患者群がMSA-P患者群よりも高かったとのことである。GBA遺伝子の病因変異は、パーキンソン病やレビー小体型認知症の危険因子としても知られており、MSAが遺伝学的にもパーキンソン病やレビー小体型認知症と一部共通した分子基盤を有するものと考えられる。さらにこの仮説を支持するかのように、中国から日本人MSA患者に高頻度に見られるCOQ2遺伝子のV393A変異がパーキンソン病と関連するという報告が出ている11)。■ 症状MSA-Cの発症は多くは50歳代である3-6)。通常、小脳失調症状(起立時、歩行時のふらつき)で発症する。中には排尿障害などの自律神経症状で発症する症例が見られる。初診時の自覚症状として自律神経症状を訴える患者は必ずしも多くないが、詳細な問診や診察により排尿障害、起立性低血圧、陰萎(勃起不全)などの自律神経症状は高率に認められる。初診時にパーキンソン症状や錐体路徴候が見られる頻度は低い(~20%)6)。診断時には小脳失調症状および自律神経症状が病像の中核をなす。経過とともにパーキンソン症状や錐体路徴候が見られる頻度は上がる。パーキンソン症状が顕在化すると、小脳症状はむしろ目立たなくなる場合がある。パーキンソン症状は動作緩慢、筋強剛が見られる頻度が高く、姿勢保持障害や振戦はやや頻度が下がる。振戦は姿勢時、動作時振戦が主体であり、パーキンソン病に見られる古典的な丸薬丸め運動様の安静時振戦は通常見られない2)。パーキンソン病に比べて、レボドパ薬に対する反応が不良で進行が速い。また、抑うつ、レム睡眠期行動異常、認知症(とくに遂行機能の障害など、前頭葉機能低下)、感情失禁などの非運動症状を伴うことがある。注意すべきは上気道閉塞(声帯外転麻痺など)による呼吸障害である12)。吸気時の喘鳴、いびき(新規の出現、従来からあるいびきの増強や変質など)、呼吸困難、発声障害、睡眠時無呼吸などで気付かれる。これは病期とは関係なく初期でも起こることがある。上気道閉塞を伴う呼吸障害は突然死の原因になりうる。■ 予後日本人患者230人を検討したWatanabeらによれば、MSA全体の機能的予後では発症から歩行に補助具を要するまでが約3年、車いす生活になるまでが約5年、ベッド臥床になるまでが約8年(いずれも中央値)とされる5)。また、発症から死亡までの生存期間は約9年(中央値)である。発症から診断まではMSA全体で3.3±2.0年(MSA-Cでは3.2±2.1年、MSA-Pは3.4±1.7年)とされており5)、したがって診断がついてからの生命予後はおよそ6年程度となる。MSA-CのほうがMSA-Pよりもやや機能的予後はよいとされるが、生存期間には大差がない。発症から3年以内に運動症状(小脳失調症状やパーキンソン症状)と自律神経症状の併存が見られた患者では、病状の進行が速いことが指摘されている5)。The European MSA Study Groupの報告でも、発症からの生存期間(中央値)は9.8年と推定されている4)。また、予後不良の予測因子として、MSA-Pであること、尿排出障害の存在を挙げている。2 診断 (検査・鑑別診断も含む)広く普及しているGilmanらのMSA診断基準(ほぼ確実例)を表に示す2)。表 probable MSA(ほぼ確実なMSA)の診断基準2)孤発性、進行性、かつ成人発症(>30歳)の疾患で以下の特徴を有する。自律神経機能不全―尿失禁(排尿のコントロール不能、男性では勃起不全を伴う)、あるいは起立後3分以内に少なくとも収縮期血圧30mmHg、あるいは拡張期血圧15 mmHgの降下を伴う起立性低血圧― かつ、レボドパ薬に反応が乏しいパーキンソニズム(筋強剛を伴う動作緩慢、振戦、あるいは姿勢反射障害)あるいは、小脳失調症状(失調性歩行に構音障害、四肢失調、あるいは小脳性眼球運動障害を伴う)ここで強調されているのは孤発性、進行性、成人発症(>30歳)である点と自律神経症状が必須である点である。したがって、本症を疑った場合には起立試験(Schellong試験)や尿流動態検査(urodynamic study)が重要である。他疾患と鑑別するうえでもMRI検査は必ず施行すべきである。MSAではMRI上、被殻、中小脳脚、橋、小脳の萎縮は高頻度に見られ(図)、かつ特徴的な橋の十字サイン(hot cross bun sign、図)、被殻外側部の線状高信号(hyperintense lateral putaminal rim)、被殻後部の低信号(posterior putaminal hypointensity)(いずれもT2強調像)が見られる。概してMSA-CではMSA-Pに比べて、橋十字サインを認める頻度は高く、一方、被殻外側部の線状高信号を認める頻度は低い。また、MSAでは中小脳脚の高信号(T2強調像、図)も診断の助けになる。画像を拡大するKikuchiらは[11C]-BF-227を用いたpositron emission tomography(PET)にて、MSA患者では対照者に比べて大脳皮質下白質、被殻、後部帯状回、淡蒼球、一次運動野などに有意な集積が見られたことを報告している13)。BF-227は病理切片にてGCIを染め出すことから、これらの所見はMSA患者脳内のGCI分布を捉えているものと推察されている。上記したようにGCIはMSAのごく早期から生じる病変であることから、[11C]-BF-227 PETは早期診断に有用な画像バイオマーカーになる可能性がある。MSA-Cの鑑別上、最も問題になるのは、皮質性小脳萎縮症(cortical cerebellar atrophy:CCA)である。CCAは孤発性のほぼ純粋小脳型を呈する失調症である。とくに病初期のMSA-Cで自律神経症状やパーキンソン症状が見られない時期(GilmanらのMSA診断基準では“疑い”をも満たさない時期)では両者の鑑別は困難である。仮にCCAと診断しても発症後5年程度はMSAの可能性を排除せず、小脳外症状(特に自律神経症状)の出現の有無やMRI上の脳幹・中小脳脚の萎縮、橋十字サインの出現の有無について注意深く経過観察すべきである。この点は運動失調症研究班で提唱した特発性小脳失調症(idiopathic cerebellar ataxia: IDCA、IDCAは病理診断名であるCCAに代わる臨床診断名である)の診断基準でも強調している14)。なお、桑原らは、MSA-Cにおいては橋十字サインの方が起立性低血圧より早期に出現する、と報告している15)。MSA-CではCCAに比べて臨床的な進行は圧倒的に速い16)。また、Kogaらは臨床的にMSAと診断された134例の剖検脳を検討したが、このうち83例(62%)は病理学的にもMSAと確定診断されたものの、他の51例にはレビー小体型認知症が19例、進行性核上性麻痺が15例、パーキンソン病が8例含まれたと報告している17)。レビー小体型認知症やパーキンソン病がMSAと誤診される最大の理由は自律神経症状の存在によるとされ、一方、進行性核上性麻痺がMSAと誤診される最大の理由は小脳失調症状の存在であった。3 治療 (治験中・研究中のものも含む)有効な原因療法は確立されていない。個々の患者の病状に応じた対症療法が基本となる。対症療法としては、薬物治療と非薬物治療に大別される。■ 薬物治療1)小脳失調症状プロチレリン酒石酸塩水和物(商品名:ヒルトニン)やタルチレリン水和物(同:セレジスト)が使用される。2)自律神経症状主な治療対象は排尿障害(神経因性膀胱)、起立性低血圧、便秘などである。MSAの神経因性膀胱では排出障害(低活動型)による尿勢低下、残尿、尿閉、溢流性尿失禁、および蓄尿障害(過活動型)による頻尿、切迫性尿失禁のいずれもが見られる。排出障害に対する基本薬はα1受容体遮断薬であるウラピジル(同:エブランチル)やコリン作動薬であるべタネコール塩化物(同:ベサコリン)などである。蓄尿障害に対しては、抗コリン薬が第1選択である。抗コリン薬としてはプロピベリン塩酸塩(同:バップフォー)、オキシブチニン塩酸塩(同:ポラキス)、コハク酸ソリフェナシン(同:ベシケア)などがある。起立性低血圧には、ドロキシドパ(同:ドプス)やアメジニウムメチル硫酸塩(同:リズミック)などが使用される。3)パーキンソン症状パーキンソン病に準じてレボドパ薬やドパミンアゴニストなどが使用される。4)錐体路症状痙縮が強い症例では、抗痙縮薬が適応となる。エペリゾン塩酸塩(同:ミオナール)、チザニジン塩酸塩(同:テルネリン)、バクロフェン(同:リオレサール、ギャバロン)などである。■ 非薬物治療患者の病期や重症度に応じたリハビリテーションが推奨される(リハビリテーションについては、参考になるサイトの「SCD・MSAネット」のSCD・MSAリハビリのツボを参照)。上気道閉塞による呼吸障害に対して、気管切開や非侵襲的陽圧換気療法が施行される。ただし、非侵襲的陽圧換気療法によりfloppy epiglottisが出現し(喉頭蓋が咽頭後壁に倒れ込む)、上気道閉塞がかえって増悪することがあるため注意が必要である12)。さらにMSAの呼吸障害は中枢性(呼吸中枢の障害)の場合があるので、治療法の選択においては、病態を十分に見極める必要がある。4 今後の展望選択的セロトニン再取り込み阻害薬である塩酸セルトラリン(商品名:ジェイゾロフト)やパロキセチン塩酸塩水和物(同:パキシル)、グルタミン酸受容体の阻害薬リルゾール(同:リルテック)、オートファジー促進作用が期待されるリチウム、抗結核薬リファンピシン、抗菌薬ミノサイクリン、モノアミンオキシダーゼ阻害薬ラサギリン、ノルエピネフリン前駆体ドロキシドパ、免疫グロブリン静注療法、あるいは自己骨髄あるいは脂肪織由来の間葉系幹細胞移植など、さまざまな治療手段の有効性が培養細胞レベル、あるいはモデル動物レベルにおいて示唆され、実際に一部はMSA患者を対象にした臨床試験が行われている18, 19)。これらのうちリルゾール、ミノサイクリン、リチウム、リファンピシン、ラサギリンについては、無作為化比較試験においてMSA患者での有用性が証明されなかった18)。間葉系幹細胞移植に関しては、MSAのみならず、筋萎縮性側策硬化症やアルツハイマー病など神経変性疾患において数多くの臨床試験が進められている20)。韓国では33名のMSA患者を対象に無作為化比較試験が行なわれた21)。これによると12ヵ月後の評価において、対照群(プラセボ群)に比べると間葉系幹細胞治療群ではUMSARS (unified MSA rating scale)の悪化速度が遅延し、かつグルコース代謝の低下速度や灰白質容積の減少速度が遅延することが示唆された21)。ただし、動注手技に伴うと思われる急性脳虚血変化が治療群29%、対照群35%に生じており、安全性に課題が残る。また、MSA多発家系におけるCOQ2変異の同定、さらにはCOQ2変異ホモ接合患者の剖検脳におけるコエンザイムQ10含量の著減を受けて、国内ではMSA患者に対してコエンザイムQ10の無作為化比較試験(医師主導治験)が進められている。5 主たる診療科神経内科、泌尿器科、リハビリテーション科※ 医療機関によって診療科目の区分は異なることがあります。6 参考になるサイト(公的助成情報、患者会情報など)診療、研究に関する情報脊髄小脳変性症・多系統萎縮症診療ガイドライン2018.(監修:日本神経学会・厚生労働省「運動失調症の医療基盤に関する調査研究班」.南江堂.2018)(医療従事者向けのまとまった情報)難病情報センター オリーブ橋小脳萎縮症SCD・MSAネット 脊髄小脳変性症・多系統萎縮症の総合情報サイト(一般利用者向けと医療従事者向けのまとまった情報)患者会情報NPO全国脊髄小脳変性症・多系統萎縮症友の会(患者とその家族および支援者の会)1)高橋昭. 東女医大誌. 1993;63:108-115.2)Gilman S, et al. Neurology. 2008;71:670-676.3)Kollensperger M, et al. Mov Disord. 2010;25:2604-2612.(Kollenspergerのoはウムラウト)4)Wenning GK, et al. Lancet Neurol. 2013;12:264-274.5)Watanabe H, et al. Brain. 2002;125:1070-1083.6)Yabe I, et al. J Neurol Sci. 2006;249:115-121.7)Ozawa T, et al. J Parkinsons Dis. 2012;2:7-18.8)Kon T,et al. Neuropathology. 2013;33:667-672.9)The Multiple-System Atrophy Research Collaboration. N Engl J Med. 2013;369:233-244.10)Mitsui J, et al. Ann Clin Transl Neurol. 2015;2:417-426.11)Yang X, et al. PLoS One. 2015;10:e0130970.12)磯崎英治. 神経進歩. 2006;50:409-419.13)Kikuchi A, et al. Brain. 2010;133:1772-1778.14)Yoshida K, et al. J Neurol Sci. 2018;384:30-35.15)桑原聡ほか. 厚生労働科学研究費補助金 難治性疾患等政策研究事業(難治性疾患政策研究事業)「運動失調症の医療基盤に関する調査研究」2019年度研究報告会プログラム・抄録集. P30.16)Tsuji S, et al. Cerebellum. 2008;7:189-197.17)Koga S, et al. Neurology. 2015;85:404-412. 18)Palma JA, et al. Clin Auton Res. 2015;25:37-45.19)Poewe W, et al. Mov Disord. 2015;30:1528-1538.20)Staff NP, et al. Mayo Clin Proc. 2019;94:892-905.21)Lee PH, et al. Ann Neurol. 2012;72:32-40.公開履歴初回2015年04月09日更新2020年03月09日

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脊髄小脳変性症〔SCD : spinocerebellar degeneration〕

1 疾患概要■ 概念・定義脊髄小脳変性症は、大きく遺伝性のものと非遺伝性のものに分けられる。非遺伝性のものの半分以上は多系統萎縮症であり、多系統萎縮症では小脳症状に加えてパーキンソン症状(体の固さなど)や自律神経症状(立ちくらみ、排尿障害など)を伴う特徴がある。また、脊髄小脳変性症のうち、遺伝性のものは約3分の1を占め、その中のほとんどは常染色体優性(顕性)遺伝性の病気であり、その多くはSCA1、SCA2などのSCA(脊髄小脳失調症)という記号に番号をつけた名前で表される。SCA3型は、別名「Machado-Joseph病(MJD)」と呼ばれ、頻度も高い。常染色体性劣性(潜性)遺伝形式の脊髄小脳変性症は、頻度的には1.8%とまれであるにもかかわらず、数多くの病型がある。近年、それらの原因遺伝子の同定や病態の解明も進んできており、疾患への理解が深まってきている。多系統萎縮症は一般的に重い病状を呈し、進行がはっきりとわかるが、遺伝性の中には進行がきわめてゆっくりのものも多く、ひとまとめに疾患の重症度を論じることは困難である。一方で、脊髄小脳変性症には痙性対麻痺(主に遺伝性のもの)も含まれる。痙性対麻痺は、錐体路がさまざまな原因で変性し、強い下肢の突っ張りにより、下肢の運動障害を呈する疾患の総称で、家族性のものはSPG(spastic paraplegia)と名付けられ、わが国では遺伝性ではSPG4が最も多いことがわかっている。本症も小脳失調症と同様に、最終的には原因別に100種類以上に分けられると推定されている。細かな病型分類はNeuromuscular Disease CenterのWebサイトにて確認ができる。■ 症状小脳失調は、脊髄小脳変性症の基本的な特徴で、最も出やすい症状は歩行失調、バランス障害で、初期には片足立ち、継ぎ足での歩行が困難になる。Wide based gaitとよばれる足を開いて歩行するような歩行もみられやすい。そのほか、眼球運動のスムーズさが損なわれ、注視方向性の眼振、構音障害、上肢の巧緻運動の低下なども見られる。純粋に小脳失調であれば筋力の低下は見られないが、最も多い多系統萎縮症では、筋力低下が認められる。これは、錐体路および錐体外路障害の影響と考えられる。痙性対麻痺は、両側の錐体路障害により下肢に強い痙性を認め、下肢が突っ張った状態となり、足の曲げにくさから足が運びにくくなり、はさみ歩行と呼ばれる足の外側を擦るような歩行を呈する。進行すると筋力低下を伴い、杖での歩行、車いすになる場合もある。脊髄が炎症や腫瘍などにより傷害される疾患では、排尿障害や便秘などの自律神経症状を合併することが多いが、本症では合併が無いことが多い。以下、本稿では次に小脳失調症を中心に記載する。2 診断 (検査・鑑別診断も含む)■ 鑑別診断小脳失調症については、治療可能なものを調べる必要がある。治療可能なものとして、橋本脳症が多く混ざっていることがわかってきており、甲状腺機能が正常かどうかにかかわらず、抗TPO抗体、抗TG抗体陽性例の測定が必要である。陽性時には、診断的治療としてステロイドパルス療法などの免疫療法の反応性を確認する必要がある。ステロイド治療に反応すれば橋本脳症とするのが妥当であろう。その他にもグルテン失調症などの免疫治療に反応する小脳失調症も存在する。また、抗GAD抗体陽性の小脳失調症も知られており、測定する価値はある。悪性腫瘍に伴うものも想定されるが、実際に悪性腫瘍の関連で起こることはまれで、腫瘍が見つからないことが多い。亜急性の経過で重篤なもの、オプソクローヌスやミオクローヌスを伴う場合には、腫瘍関連の自己抗体が関連していると推定され、悪性腫瘍の合併率は格段に上がる。男性では肺がん、精巣腫瘍、悪性リンパ腫、女性では乳がん、子宮がん、卵巣がんなどの探索が必要である。ミトコンドリア病(脳筋症)の場合も多々あり、小脳失調に加えて筋障害による筋力低下や糖尿病の合併などミトコンドリア病らしさがあれば、血清、髄液の乳酸、ピルビン酸値測定、MRS(MRスペクトロスコピー)、筋生検、遺伝子検査などを行うことで診断が可能である。劣性遺伝性の疾患の中に、ビタミンE単独欠乏性運動失調症(ataxia with vitamin E deficiency : AVED)という病気があり、本症は、わが国でも見られる治療可能な小脳変性症として重要である。本症は、ビタミンE転送蛋白(α-tocopherol transfer protein)という遺伝子の異常で引き起こされ、ビタミンEの補充により改善が見られる。一方、アルコール多飲が見られる場合には、中止により改善が確認できる場合も多い。フェニトインなど薬剤の確認も必要である。おおよそ小脳失調症の3分の1は多系統萎縮症である。まれに家族例が報告されているが孤発例がほとんどである。通常40代以降に、小脳失調で発症することが多く、初発時にもMRIで小脳萎縮や脳血流シンチグラフィー(IMP-SPECT)で小脳の血流低下を認める。進行とともに自律神経症状の合併、頭部MRIで橋、延髄上部にT2強調画像でhot cross bun signと呼ばれる十字の高信号や橋の萎縮像が見られる。SCAの中ではSCA2に類似の所見が見られることがあるが、この所見があれば、通常多系統萎縮症と診断できる。さらに、小脳失調症の3分の1は遺伝性のものであるため、遺伝子診断なしで小脳失調症の鑑別を行うことは難しい。遺伝性小脳失調症の95%以上は常染色体性優性遺伝形式で、その80%以上は遺伝子診断が可能である。疾患遺伝子頻度には地域差が大きいが、わが国で比較的多く見られるものは、SCA1、 SCA2、 SCA3(MJD)、SCA6、 SCA31であり、トリプレットリピートの延長などの検査で、それぞれの疾患の遺伝子診断が可能である。常染色体劣性遺伝性の小脳失調症は、小脳失調だけではなく、他の症状を合併している病型がほとんどである。その中には、末梢神経障害(ニューロパチー)、知的機能障害、てんかん、筋障害、視力障害、網膜異常、眼球運動障害、不随意運動、皮膚異常などさまざまな症候があり、小脳失調以上に身体的影響が大きい症候も存在する。この中でも先天性や乳幼児期の発症の疾患の多くは、知能障害を伴うことが多く、重度の障害を持つことが多い。小脳失調が主体に出て日常生活に支障が出る疾患として、アプラタキシン欠損症(EAOH/AOA1)、 セナタキシン欠損症(SCAR1/AOA2)、ビタミンE単独欠乏性運動失調症(AVED)、シャルルヴォア・サグネ型痙性失調症(ARSACS)、軸索型末梢神経障害を伴う小脳失調症(SCAN1)、 フリードライヒ失調症(FRDA)などがある。このうちEAOH/AOA1、SCAR1/AOA2、 AVED、ARSACSについては、わが国でも見られる。遺伝性も確認できず、原因の確認ができないものは皮質小脳萎縮症(cortical cerebellar atrophy: CCA)と呼ばれる。CCAは、比較的ゆっくり進行する小脳失調症として知られており、小脳失調症の10~30%の頻度を占めるが、その病理所見の詳細は不明で、実際にどのような疾患であるかは不明である。本症はまれな遺伝子異常のSCA、多系統萎縮症の初期、橋本脳症などの免疫疾患、ミトコンドリア病などさまざまな疾患が混ざっていると推定される。3 治療 (治験中・研究中のものも含む)小脳失調症の治療は、正確な原因診断に関わっている。上記の橋本脳症、GAD抗体小脳失調、そのほかグルテン失調症など他の自己抗体の関与が推定される疾患もあり、原因不明であれば、一度はステロイドパルスをすることも検討すべきであろう。ミトコンドリア病では、有効性は確認されていないがCoQ10、L-アルギニンなども治療薬の候補に挙がる。ミトコンドリア脳筋症、乳酸アシドーシス、脳卒中様発作症候群(MELAS)においてはタウリンの保険適用も認められ、その治療に準じて、治療することで奏功できる例もあると思われる。小脳失調に対しては、保険診療では、タルチレリン(商品名: セレジスト)の投与により、運動失調の治療を試みる。また、集中的なリハビリテーションの有効性も確認されている。多系統萎縮症の感受性遺伝子の1つにCoQ2の異常が報告され、その機序から推定される治療の臨床試験が進行中である。次に考えられる処方例を示す。■ SCDの薬物療法(保険適用)1) 小脳失調(1) プロチレリン(商品名:ヒルトニン)処方例ヒルトニン®(0.5mg) 1A~4A 筋肉内注射生理食塩水(100mL) 1V 点滴静注2週間連続投与のあと、2週間休薬 または 週3回隔日投与のどちらか。2mg投与群において、14日間連続投与後の評価において、とくに構音障害にて、改善を認める。1年後の累積悪化曲線では、プラセボ群と有意差を認めず。(2) タルチレリン(同:セレジスト)処方例セレジスト®(5mg)2T 分2 朝・夕食後10mg投与群において、全般改善度・運動失調検査概括改善度で改善を認める。28週後までに構音障害、注視眼振、上肢機能などの改善を認める。1年後の累積悪化曲線では、プラセボ群と有意差を認めず。(3) タンドスピロン(同:セディール)処方例セディール®(5~20mg)3T 分3 朝・昼・夕食後タンドスピロンとして、15~60mg/日有効の症例報告もあるが、無効の報告もあり。重篤な副作用がなく、不安神経症の治療としても導入しやすい。2) 自律神経症状起立性低血圧(orthostatic hypotension)※水分・塩分摂取の増加を図ることが第一である。夜間頭部挙上や弾性ストッキングの使用も勧められる。処方例(1) フルドロコルチゾン(同:フロリネフ)〔0.1mg〕 0.2~1T 分1 朝食後(2) ミドドリン(同:メトリジン)〔2mg〕 2~4T 分3 毎食後(二重盲検試験で確認)(3) ドロキシドパ(同:ドプス)〔100mg〕 3~6T 分3 毎食後(4) ピリドスチグミン(同:メスチノン)〔60mg〕 1T/日■ 外科的治療髄腔内バクロフェン投与療法(ITB療法)痙性対麻痺患者の難治性の症例には、検討される。筋力低下の少ない例では、歩行の改善が見られやすい。4 今後の展望多系統萎縮症においてもCoQ2の異常が報告されたことは述べたが、CoQ2に異常がない多系統萎縮症の例のほうが多数であり、そのメカニズムの解析が待たれる。遺伝性小脳失調症については、その原因の80%近くがリピートの延長であるが、それ以外のミスセンス変異などシークエンス配列異常も多数報告されており、正確な診断には次世代シークエンス法を用いたターゲットリシークエンス、または、エクソーム解析により、原因が同定されるであろう。治療については、抗トリプレットリピートまたはポリグルタミンに対する治療研究が積極的に行われ、治療薬スクリーニングが継続して行われる。また、近年のアンチセンスオリゴによる遺伝子治療も治験が行われるなど、遺伝性のものについても治療の期待が膨らんでいる。そのほか、iPS細胞の小脳への移植治療などについてはすぐには困難であるが、先行して行われるパーキンソン病治療の進展を見なければならない。患者iPS細胞を用いた病態解析や治療薬のスクリーニングも大規模に行われるようになるであろう。5 主たる診療科脳神経内科※ 医療機関によって診療科目の区分は異なることがあります。6 参考になるサイト(公的助成情報、患者会情報など)診療、研究に関する情報難病情報センター 脊髄小脳変性症(一般利用者向けと医療従事者向けのまとまった情報)Neuromuscular Disease Center(医療従事者向けのまとまった情報)患者会情報全国脊髄小脳変性症・多系統萎縮症友の会(患者、患者家族向けの情報)1)水澤英洋監修. 月刊「難病と在宅ケア」編集部編. 脊髄小脳変性症のすべて. 日本プランニングセンター;2006.2)Multiple-System Atrophy Research Collaboration. N Engl J Med. 2013; 369: 233-244.公開履歴初回2014年07月23日更新2019年11月27日

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加齢や疲労による臭い、短鎖脂肪酸が有効

 2019年9月11日、「大腸劣化」対策委員会が主催するメディアセミナーが開催され、松井 輝明氏(帝京平成大学健康メディカル学部 教授)が「『大腸劣化』を防ぐ短鎖脂肪酸のパワーについて」講演を行った。セミナー後半では沢井 悠氏(株式会社サイキンソー)、関根 嘉香氏(東海大学理学部化学科 教授)2名の専門家がそれぞれの視点から腸内細菌叢の重要性を語った。大腸劣化の予防には短鎖脂肪酸 大腸劣化とは、『大腸に多く存在する腸内フローラが、偏った食生活やストレス・睡眠不足などによって老廃物や有害物質が作られることで正常な機能が保てなくなり、最終的には大腸がんなどの大腸疾患のみならず全身の健康リスクにまで発展すること』を意味する。 腸内フローラには数千種類以上、数百兆個以上の種々の菌が存在し、善玉菌優位のバランス(善玉菌、悪玉菌、日和見菌それぞれの比率が2:1:7の状態)保持が必要とされる。しかし、無理なダイエットによる炭水化物制限による食物繊維不足、過度な動物性タンパク質摂取や食の欧米化進展という近年の日本人の偏った食文化が、悪玉菌へ餌を供給するとともに悪玉菌優位の環境をもたらし、最終的には腸内劣化により大腸がんなどの発症を招いてしまう。 そこで、松井氏はこのリスクを回避する方法として、善玉菌の餌となる短鎖脂肪酸を増やすコツとそのメカニズムについて解説した。短鎖脂肪酸とは、ビフィズス菌や酪酸菌が水溶性食物繊維などを食べた際に産生される物質で、酢酸や酪酸などを示し、腸内環境を弱酸性にして善玉菌が発育しやすい環境へ整える。ビフィズス菌から産生される酢酸には整腸作用、免疫力向上、血中コレステロール低下などの作用が期待でき、酪酸菌から産生される酪酸には、大腸のバリア機能強化や、大腸を動かすエネルギーの産生作用がある。これを踏まえ、同氏は「善玉菌の餌となるオリゴ糖、イヌリン、大麦や海藻類を積極的に取ることが重要」と述べ、穀物摂取量低下による食物繊維不足に危機感を示した。 短鎖脂肪酸の増加には食物繊維の摂取が有用であることについて、同氏は山口県岩国市で実施された臨床試験(水溶性食物繊維を多く含むスーパー大麦グラノーラを1ヵ月間、毎日摂取する試験)を例示し、「排便量や便の性状だけではなく、肌の状態や睡眠状態の改善もみられた。腸内環境の整備が整腸作用だけに留まらず、全身の健康に貢献することを示唆する結果が得られた」とコメントした。4人に1人が大腸劣化の可能性 腸内細菌叢の検査キットを開発・販売する沢井氏は「日本人の腸内フローラについて」を講演。同氏は「当社の検査結果を集計したところ、40代以降の4人に1人は大腸劣化の疑いがあることが明らかとなった。ただし、腸内フローラの多様性については、20代で低かった」とコメントし、加齢だけが大腸劣化の原因ではないことを明らかにした。疲労臭はビフィズス菌で解決 「腸内細菌叢と体臭の関係について」について講演した関根氏によれば、人間が放出するガスには皮膚ガスと呼ばれるものがあり、判明しているだけでも300種を超える。皮膚ガスの放散経路には、「表面反応由来」「皮膚腺由来」「血液由来」の3経路があり、表面反応由来の加齢臭は皮脂の酸化が原因のため、洗って落とすことができる。しかし、血液由来のダイエット臭(アセトン)や疲労臭(アンモニア)は洗っても落とすことができない。 では、どのように血液由来の臭いを減らせば良いのだろうか? 疲労臭の主成分アンモニアの血中濃度は、腸内細菌の改善によって減らせることが明らかになっている。そこで、関根氏らはラクチュロース(牛乳に含まれる乳糖を原料として作られる二糖類。大腸に到達後、ビフィズス菌の餌になる)の摂取試験を行い、「ビフィズス菌数の増加に伴う皮膚からのアンモニア放散量の減少を示唆した」という。この研究によって、腸内環境の改善で疲労臭が軽減できることを世界で初めて見いだした同氏は「これから体臭に関する新たな知見も報告する予定」と締めくくった。

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線条体黒質変性症〔SND: striatonigral degeneration〕

1 疾患概要■ 概念・定義線条体黒質変性症(striatonigral degeneration: SND)は、歴史的には1961年、1964年にAdamsらによる記載が最初とされる1)。現在は多系統萎縮症(multiple system atrophy: MSA)の中でパーキンソン症状を主徴とする病型とされている。したがって臨床的にはMSA-P(MSA with predominant parkinsonism)とほぼ同義と考えてよい。病理学的には主として黒質一線条体系の神経細胞脱落とグリア増生、オリゴデンドロサイト内にα-シヌクレイン(α-synuclein)陽性のグリア細胞質内封入体(glial cytoplasmic inclusion: GCI)が見られる(図1)。なお、MSA-C(MSA with predominant cerebellar ataxia)とMSA-Pは病因や治療などに共通した部分が多いので、「オリーブ橋小脳萎縮症」の項目も合わせて参照して頂きたい。画像を拡大する■ 疫学平成26年度のMSA患者数は、全国で1万3,000人弱であるが、そのうち約30%がMSA-Pであると考えられている。欧米では、この比率が逆転し、MSA-PのほうがMSA-Cよりも多い2,3)。このことは神経病理学的にも裏付けられており、英国人MSA患者では被殻、淡蒼球の病変の頻度が日本人MSA患者より有意に高い一方で、橋の病変の頻度は日本人MSA患者で有意に高いことが知られている4)。■ 病因いまだ十分には解明されていない。α-シヌクレイン陽性GCIの存在からMSAはパーキンソン病やレビー小体型認知症とともにα-synucleinopathyと総称されるが、MSAにおいてα-シヌクレインの異常が第一義的な意義を持つかどうかは不明である。ただ、α-シヌクレイン遺伝子多型がMSAの易罹患性要因であること5)やα-シヌクレイン過剰発現マウスモデルではMSA類似の病理所見が再現されること6,7)などα-シヌクレインがMSAの病態に深く関与することは疑う余地がない。MSAはほとんどが孤発性であるが、ごくまれに家系内に複数の発症者(同胞発症)が見られることがある。このようなMSA多発家系の大規模ゲノム解析から、COQ2遺伝子の機能障害性変異がMSAの発症に関連することが報告されている8)。COQ2はミトコンドリア電子伝達系において電子の運搬に関わるコエンザイムQ10の合成に関わる酵素である。このことから一部のMSAの発症の要因として、ミトコンドリアにおけるATP合成の低下、活性酸素種の除去能低下が関与する可能性が示唆されている。■ 症状MSA-Pの発症はMSA-Cと有意差はなく、50歳代が多い2,3,9,10)。通常、パーキンソン症状が前景に出て、かつ経過を通して病像の中核を成す。GilmanのMSA診断基準(ほぼ確実例)でも示されているように自律神経症状(排尿障害、起立性低血圧、便秘、陰萎など)は必発である11)。加えて小脳失調症状、錐体路症状を種々の程度に伴う。MSA-Pのパーキンソン症状は、基本的にパーキンソン病で見られるのと同じであるが、レボドパ薬に対する反応が不良で進行が速い。また、通常、パーキンソン病に特徴的な丸薬丸め運動様の安静時振戦は見られず、動作性振戦が多い。また、パーキンソン病に比べて体幹動揺が強く転倒しやすいとされる12)。パーキンソン病と同様に、パーキンソニズムの程度にはしばしば左右非対称が見られる。小脳症状は体幹失調と失調性構音障害が主体となり、四肢の失調や眼球運動異常は少ない13)。後述するようにMSA-Pでは比較的早期から姿勢異常や嚥下障害を伴うことも特徴である。なお、MSAの臨床的な重症度の評価尺度として、UMSARS(unified MSA rating scale)が汎用されている。■ 予後国内外の多数例のMSA患者の検討によれば、発症からの生存期間(中央値)はおよそ9~10年と推察される3,9)。The European MSA Study Groupの報告では、MSAの予後不良を予測させる因子として、評価時点でのパーキンソン症状と神経因性膀胱の存在を指摘している3)。この結果はMSA-CよりもMSA-Pのほうが予後不良であることを示唆するが、日本人患者の多数例の検討では、両者の生存期間には有意な差はなかったとされている9)。2 診断 (検査・鑑別診断も含む)GilmanらのMSA診断基準(ほぼ確実例)は別稿の「オリーブ橋小脳萎縮症」で示したとおりである。MSA-P疑い例を示唆する所見として、運動症状発現から3年以内の姿勢保持障害、5年以内の嚥下障害が付加的に記載されている11)。診断に際しては、これらの臨床所見に加えて、頭部画像診断が重要である(図2)。MRIでは被殻外側部の線状高信号(hyperintense lateral putaminal rim)が、パーキンソン症状に対応する病変とされる。画像を拡大する57歳女性(probable MSA-P、発症から約1年)の頭部MRI(A、B)。臨床的には左優位のパーキンソニズム、起立性低血圧、過活動性膀胱、便秘を認めた。MRIでは右優位に被殻外側の線状の高信号(hyperintense lateral putaminal rim)が見られ(A; 矢印)、被殻の萎縮も右優位である(B; 矢印)。A:T2強調像、B:FLAIR像68歳女性(probable MSA-P、発症から約7年)の頭部MRI(C~F)。臨床的には寡動、右優位の筋固縮が目立ち、ほぼ臥床状態で自力での起立・歩行は不可、発語・嚥下困難も見られた。T2強調像(C)にて淡い橋十字サイン(hot cross bun sign)が見られる。また、両側被殻の鉄沈着はT2強調像(D)、T2*像(E)、磁化率強調像(SWI)(F)の順に明瞭となっている。MSA-Pの場合、鑑別上、最も問題になるのは、パーキンソン病、あるいは進行性核上性麻痺、大脳皮質基底核変性症などのパーキンソン症候群である。GilmanらはMSAを示唆する特徴として表のような症状・所見(red flags)を挙げているが11)、これらはMSA-Pとパーキンソン病を鑑別するには有用とされる。表 MSAを支持する特徴(red flags)と支持しない特徴11)■ 支持する特徴(red flags)口顔面ジストニア過度の頸部前屈高度の脊柱前屈・側屈手足の拘縮吸気性のため息高度の発声障害高度の構音障害新たに出現した、あるいは増強したいびき手足の冷感病的笑い、あるいは病的泣きジャーク様、ミオクローヌス様の姿勢時・動作時振戦■ 支持しない特徴古典的な丸薬丸め様の安静時振戦臨床的に明らかな末梢神経障害幻覚(非薬剤性)75歳以上の発症小脳失調、あるいはパーキンソニズムの家族歴認知症(DSM-IVに基づく)多発性硬化症を示唆する白質病変上記では認知症はMSAを“支持しない特徴”とされるが、近年は明らかな認知症を伴ったMSA症例が報告されている14,15)。パーキンソン病とMSAを含む他のパーキンソン症候群の鑑別に123I-meta-iodobenzylguanidine(123I-MIBG)心筋シンチグラフィーの有用性が示されている16)。一般にMSA-Pではパーキンソン病やレビー小体型認知症ほど心筋への集積低下が顕著ではない。10の研究論文のメタ解析によれば、123I-MIBGによりパーキンソン病とMSA(MSA-P、MSA-C両方を含む)は感度90.2%、特異度81.9%で鑑別可能とされている16)。一方、Kikuchiらは、とくに初期のパーキンソン病とMSA-Pでは123I-MIBG心筋シンチでの鑑別は難しいこと、においスティックによる嗅覚検査が両者の鑑別に有用であることを示している17)。ドパミントランスポーター(DAT)スキャンでは、両側被殻の集積低下を示すが(しばしば左右差が見られる)、パーキンソン病との鑑別は困難である。また、Wangらは、MRIの磁化率強調像(susceptibility weighted image: SWI)による被殻の鉄含量の評価はMSA-Pとパーキンソン病の鑑別に有用であることを指摘している18)。3 治療 (治験中・研究中のものも含む)有効な原因療法は確立されていない。MSA-Cと同様に、個々の患者の病状に応じた対症療法が基本となる。対症療法としては、薬物治療と非薬物治療に大別される。レボドパ薬に多少反応を示すことがあるので、とくに病初期には十分な抗パーキンソン病薬治療を試みる。■ 薬物治療1)小脳失調症状プロチレリン酒石酸塩水和物(商品名: ヒルトニン注射液)や、タルチレリン水和物(同:セレジスト)が使用される。2)自律神経症状主な治療対象は排尿障害(神経因性膀胱)、起立性低血圧、便秘などである。MSAの神経因性膀胱では排出障害(低活動型)による尿勢低下、残尿、尿閉、溢流性尿失禁、および蓄尿障害(過活動型)による頻尿、切迫性尿失禁のいずれもが見られる。排出障害に対する基本薬は、α1受容体遮断薬であるウラピジル(同: エブランチル)やコリン作動薬であるベタネコール塩化物(同: ベサコリン)などである。蓄尿障害に対しては、抗コリン薬が第1選択である。抗コリン薬としてはプロピベリン塩酸塩(同:バップフォー)、オキシブチニン塩酸塩(同:ポラキス)、コハク酸ソリフェナシン(同:ベシケア)などがある。起立性低血圧には、ドロキシドパ(同:ドプス)やアメジニウムメチル硫酸塩(同:リズミック)などが使用される。3)パーキンソン症状パーキンソン病に準じてレボドパ薬やドパミンアゴニストなどが使用される。4)錐体路症状痙縮が強い症例では、抗痙縮薬が適応となる。エペリゾン塩酸塩(同:ミオナール)、チザニジン塩酸塩(同:テルネリン)、バクロフェン(同:リオレサール、ギャバロン)などである。■ 非薬物治療患者の病期や重症度に応じたリハビリテーションが推奨される(リハビリテーションについては、後述の「SCD・MSAネット」の「リハビリのツボ」を参照)。上気道閉塞による呼吸障害に対して、気管切開や非侵襲的陽圧換気療法が施行される。ただし、非侵襲的陽圧換気療法によりfloppy epiglottisが出現し(喉頭蓋が咽頭後壁に倒れ込む)、上気道閉塞がかえって増悪することがあるため注意が必要である19)。さらにMSAの呼吸障害は中枢性(呼吸中枢の障害)の場合があるので、治療法の選択においては、病態を十分に見極める必要がある。4 今後の展望選択的セロトニン再取り込み阻害薬である塩酸セルトラリン(商品名:ジェイゾロフト)やパロキセチン塩酸塩水和物(同:パキシル)、抗結核薬リファンピシン、抗菌薬ミノサイクリン、モノアミンオキシダーゼ阻害薬ラサジリン、ノルアドレナリン前駆体ドロキシドパ、免疫グロブリン静注療法、あるいは自己骨髄由来の間葉系幹細胞移植など、さまざまな治療手段の有効性が培養細胞レベル、あるいはモデル動物レベルにおいて示唆され、実際に一部はMSA患者を対象にした臨床試験が行われている20,21)。これらのうちリファンピシン、ラサジリン、リチウムについては、MSA患者での有用性が証明されなかった21)。また、MSA多発家系におけるCOQ2変異の同定、さらにはCOQ2変異ホモ接合患者の剖検脳におけるコエンザイムQ10含量の著減を受けて、MSA患者に対する治療として、コエンザイムQ10大量投与療法に期待が寄せられている。5 主たる診療科神経内科、泌尿器科※ 医療機関によって診療科目の区分は異なることがあります。6 参考になるサイト(公的助成情報、患者会情報など)診療、研究に関する情報難病情報センター 線条体黒質変性症SCD・MSAネット 脊髄小脳変性症・多系統萎縮症の総合情報サイト(一般利用者向けと医療従事者向けのまとまった情報)患者会情報全国脊髄小脳変性症・多系統萎縮症友の会(患者とその家族の会)1)高橋昭. 東女医大誌.1993;63:108-115.2)Köllensperger M, et al. Mov Disord.2010;25:2604-2612.3)Wenning GK, et al. Lancet Neurol.2013;12:264-274.4)Ozawa T, et al. J Parkinsons Dis.2012;2:7-18.5)Scholz SW, et al. Ann Neurol.2009;65:610-614.6)Yazawa I, et al. Neuron.2005;45:847-859.7)Shults CW et al. J Neurosci.2005;25:10689-10699.8)Multiple-System Atrophy Research Collaboration. New Engl J Med.2013;369:233-244.9)Watanabe H, et al. Brain.2002;125:1070-1083.10)Yabe I, et al. J Neurol Sci.2006;249:115-121.11)Gilman S, et al. Neurology.2008;71:670-676.12)Wüllner U, et al. J Neural Transm.2007;114:1161-1165.13)Anderson T, et al. Mov Disord.2008;23:977-984.14)Kawai Y, et al. Neurology. 2008;70:1390-1396.15)Kitayama M, et al. Eur J Neurol.2009:16:589-594.16)Orimo S, et al. Parkinson Relat Disord.2012;18:494-500.17)Kikuchi A, et al. Parkinson Relat Disord.2011;17:698-700.18)Wang Y, et al. Am J Neuroradiol.2012;33:266-273.19)磯崎英治. 神経進歩.2006;50:409-419.20)Palma JA, et al. Clin Auton Res.2015;25:37-45.21)Poewe W, et al. Mov Disord.2015;30:1528-1538.公開履歴初回2015年04月23日更新2016年11月01日

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日常診療におけるGFR(糸球体濾過量)の評価には何を用いるべきか(コメンテーター:木村 健二郎 氏)-CLEAR! ジャーナル四天王(135)より-

CKD(慢性腎臓病)は末期腎不全と心血管疾患のリスクが高いことで注目されている。しかも、GFRが低下するほど、あるいは尿蛋白(アルブミン)量が増加するほど、それらのリスクが上昇する。したがって、日常診療でGFRを手軽に推測することは極めて重要である。 日本腎臓学会編「CKD診療ガイド」では、血清クレアチニン、年齢および性別からGFRを推測する式(推算式、この式で計算したGFRをeGFRcreatとする)を公表し、また、早見表も提供してきた。しかし、血清クレアチニンは筋肉で作られるため、筋肉量が多いと血清濃度は上昇し、eGFRcreatは低下する。逆に、筋肉量が少ないと血清クレアチニン濃度は低下し、eGFRcreatは上昇する。したがって、筋肉量が極端に多かったり少なかったりする場合には、筋肉量に左右されないシスタチンCを用いたGFR(これをeGFRcysとする)が有用である。eGFRcysは「CKD診療ガイド2012」で公表され、早見表も提供された。eGFRcreat とeGFRcys の平均値を用いると、推算GFRの正確度はよくなる(GFRのゴールドスタンダードのイヌリン・クリアランスに近い値になる)ことが示されている。 本論文は、血清クレアチニンと血清シスタチンを測定した11の一般住民を対象とした研究(9万750例)と5つのCKD患者を対象としたコホート(2,960例)をメタ解析し、予後を推測するのにeGFRcreatとeGFRcys、あるいはその組み合わせのどれが優れているかをみたものである。結果はeGFRcysあるいはeGFRcreatとの組み合わせが、死亡や末期腎不全のリスクをより正確に表すというものであった。 日本人では、GFRのゴールドスタンダードであるイヌリン・クリアランスとの比較でしか検討されていないが、今後、予後との関連を検討する必要があることを本論文は示している。

8.

初のヒト顔面部分移植18ヵ月後のアウトカム

フランス・リヨン大学のJean-Michel Dubernard氏らは2005年11月27日、初めてとなるヒト顔面の部分同種移植術を女性患者に対して行った。患者は、同年3月28日に飼い犬に顔面を食いちぎられ、鼻、上下の口唇、頬、顎を失った38歳女性。レシピエントは脳死女性。その事実は2006年初頭にドナーも同席しての記者会見で公表され、世界中のマスメディアで報じられたのでご記憶の方もいるかもしれない。その移植後18ヵ月時点までの予後に関する報告がNEJM誌12月13日号に掲載された。皮膚感覚は術後6ヵ月、運動機能は10ヵ月で回復本ケースでは、術後免疫抑制治療はthymoglobulins、タクロリムス、ミコフェノール酸モフェチル、プレドニゾンの組み合わせで行われた。患者自身の造血幹細胞は術後4日目と11日目に注入。拒絶反応については、センチネル植皮片、顔面皮膚、口腔粘膜からの生検にて確認、機能回復の状況は、感覚・運動機能検査を毎月実施し評価された。また移植の前後には心理的サポートも提供されている。術後、軽い接触に対する感受性(定位モノフィラメント評価法を利用)と、温冷に対する感受性は移植後6ヵ月で標準状態に戻った。運動機能の回復はそれより遅れ、口を完全に閉じることができたのは10ヵ月後だった。移植顔面の機能・美容両面で満足移植された顔面に対する心理的受容は機能の向上に伴って進んだ。拒絶反応は移植後18日目と214日目に出現したが、やがて消失した。ただしイヌリンクリアランスの低下が認められたため、14ヵ月目に免疫抑制処方計画をタクロリムスからシロリムスに変更している。拒絶反応が繰り返し起こるのを予防するため、10ヵ月目に体外光化学療法が導入。それ以降、拒絶反応は起こっていない。初の部分顔面移植を受けたこの女性患者は、術後18ヵ月現在、機能面、美容面ともにおいて満足しているという。(朝田哲明:医療ライター)

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